珍?道中記
ドライブ好きの夫婦です。
特にGW、現実逃避?で県外へ大脱出!!

BGM:真室川音頭…♪まおの相談室♪様から、お借りしています。

2002年GW 山形県放浪記 5/2〜5/6
 5月2日22時20分。
 アルカリイオン水・眠気覚ましの駄菓子・おしぼりペーパー・ティッシュ・トイレットペーパー・アウトドア調理グッズ・遠赤外線マット・かけ布団・枕・洗面具と入浴セット・着替えなどを積みこむ。
 携帯と充電器・デジカメと充電器とノートパソコンも持ちこむ旦那。
 ナビを(北陸道〜磐越〜会津若松)セットし、片手に東北ガイドマップと全日本道路地図。
 免許証と財布を確認し、いざ出発!!!


おいてきぼり〜??


車は、仕事用のワゴン車で梯子を付けるためのキャリアがのっかっている。ドライブには、必需品。いすを倒せば、足を伸ばして仮眠ができるし・・・。何年のっただろうか。カウンタ―が一回りしたらしい。
 さて、いつもは、オートを運転している私は、このマニュアル車は、苦手!!。で、ギヤを頻繁に変えなくても良い高速道路だけ運転するのである。が、北陸道を北上する時は、『親不知』の難所(トンネル)が待ち構えている。
ここは、危ないからと、二時間も走らない間に、運転交替となった。
(では、今の内に仮眠を…)と眼鏡をはずし、後ろ座席の布団にもぐりこんだ。眠気覚ましにかけたCD=演歌の大きめのボリュームと、エンジン音、振動が、かなりうるさくて、でも瞬間瞬間寝こむこと数回。気持ち良い時に、ふっと、停車したのを感じ、呼びおこされた。
「トイレ休憩…」「トンネルすんだん?」「ん…」先に降りていった旦那。ロックしないから、留守番しながら、まだ半眠りの私。
 旦那と交替してもどり際、旦那用に眠気覚ましのコーヒーを買って、駐車場にでる。時刻は、真夜中、暗闇の中に(街灯はついてるが)長距離トラックや似たようなワゴンや乗用車が並んでいる。
(なんか、見えにくいなぁ。あ・・眼鏡をかけてないからだ・・・)と思いながら、感覚で、車を降りた方に見当をつけて歩いた。・・・が。
「んん???」車がない!!しばし呆然として立ち止まり、辺りを眺めまわす。「ない?車が…」車はたくさんならんでいるが、トレードマークのキャリア付きのワゴンがいない。(気をきかして、車をトイレの近くへ移動させたかな?)思いなおして、建物の方へもどって、駐車場を眺め回した。
(やっぱり、ない???)寝ぼけ眼に見えないのかと、コーヒーを一口。心を落ち付かせる。
(ふーーーん。やっぱりないなぁ。トラックの影だったかなぁ。いや、確かに、さっきの辺りに止まったはずだから・・・)
意を決して、さっきとは、反対の方から一台ずつ『覗き魔』のごとく確認して歩いた。目印のキャリア付きワゴンは皆無。覚えていないナンバーでも、石川車をさがし、積みこんである荷物が、ヒント!!。眼鏡が無いから、一台ずつ確認するしかないのだった。
で、当たり前だけど、車はみつかった。ちゃんと、先に見当つけた車だった。今回のドライブのために、わざわざ、キャリアを外したそうだ。それを知らなかった私…かなーり冷や汗の、チン道中のネタができてしまったのだ。
「へへへ・・・ただいまぁ」今の一部始終を話ながら、無事、車にのりこんだ。
さぁ。目指すは、磐越道=会津若松経由で、米沢まで!!

米沢市内でみた不思議なもの
 夜通し走り、5/3未明、喜多方郊外の道の駅にて仮眠すること約3時間。うぐいすの声と共に目覚めた。



お腹も空いて来たので、とにかく出発。昨年の津軽半島がえりの道を逆送する形で、見覚えのある道の駅に立ち寄る。が、時間が早くて売店は人影が無い。
「米沢の市街へ行かないと…飲食店がないかも…。駅へ行けばなんとかなるんでないの?」ということで米沢に入った。
『あれはなんだ?』
決して広くはない道路の両側=路肩部分に5〜10m間隔でコノジ型のテツ枠=手すりのようなものがでている。歩道もないから、歩行者には、便利なものではなさそうだった。しかも、路肩のところどころはアンキョになっていて格子状の鉄枠がはめてあり、さらに、しかも、手すりのようなものの下の格子は、赤ちゃんがすっぽ抜けるのではないかと不安になりそうな大きさだった。
「???」「???」「止めて!!確かめる」
ドアを開けたとたん、すごい水音。覗くとかなりの水量で、早い流れが音を立てていた。
「???」考えた…考えた…ひらめいた!!
『除雪の目印』…そういうことにした。

上杉神社…空腹も忘れて、ガイドブックをみながら目指したが、折り良く?『米沢上杉まつり』。駐車場がなくて?断念した。道路の案内板を頼りに進んでいくと、突き当たるようにして、行き着いた。
「おー―ーー(◎O◎)ビックリ!!」
綺麗!メルヘン!すてきなモニュメント!♪




 駅前の喫茶店が、撮影場所に最適。
 9時、ここでモーニングセットとなる。

ちなみに、ここが、TV番組の『おちけんとしつれんデカが主人公の推理ドラマ』のロケ地になっていて、不信人物が立っていた場所が、私が駅を写した場所だった。 2002年05月23日 16時21分32秒

霞城【山形城】散策【1】
 私は、読書は好きではない。が、時代劇・日本の歴史ものが好きだ。
 神代から平安・鎌倉時代までは、私にとっては夢物語的世界の楽しみがあるが、特に戦国時代がより身近に感じる。【本名のせいだろうか…】
 NHK大河ドラマも手がけることが多い時代でもある。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康が、いつも主役級に関わって来て、おね【北の政所】・茶々【淀の方】中心に描かれたドラマも多い。今年、悲願の加賀百万ごく物語もドラマ化されているが、かつては、『伊達正宗』『上杉謙信』『武田信玄』も取り上げられ、その中で『最上氏』が登場している。
 そんなこんなで、お城見学は、私の大きな楽しみの一つで、遠くからでも拝みたいといつも騒いでいる。今年のドライブは、山形県に絞る…ということで絶対素通りはできない。カーナビでポイントをつけて走った。そして、いつになく、散策【ゆっくりと歩き回る】旅の第一歩となった。 2002年06月04日 11時14分25秒

霞城【山形城】散策【2】
 城址周辺までは、難無くたどりついた。が、駐車場に辿り着くまでが、迷子状態。ナビ上の場所へ行く道が解りにくかった。ガイドブックにある復元されたお城の門構えが見えない。主用道路を2周してやっと城に近づけるらしい路地をみつけた。
 そこは、野球場の駐車場。係のおじさんがにこやかに迎えてくれて、無事駐車できた。でも???。堀があって、石垣があって…門構えがない???球場と反対側の林の中へ入った。

 左手には、別のグランドが広がっている。眺めわたすと『立て札』がみえて近寄ってみた。

 


右手の林の方は、すべりだいや木々の間にベンチがあって、市民の憩いの場のようだった。そんな中に館の庭園だったらしい造りの池や植木・石のある一画があった。(もう少し整備されてれば良いのに)、打ち捨てられ忘れられたようになっている様子に、最上氏の盛衰をみた思いがした。
 石垣上に登れるようである。ウォーキングスタイルの人をみかけた。それで門構えを探しがてらに登ってみた。堀を廻るように細道が続いている。こんもりと木々が生い茂り、木陰を吹きぬける風が気持ち良い。


 木々は、桜並木だった。今年は桜前線が早過ぎたので、若葉桜だった。(お花見は、みごとだったろう)と想像しながら歩く。途中出会ったウォーキングの人と軽く挨拶しながら歩く。思わぬところで旦那と前になり後になり散歩していることが嬉しい。(道が細いので、並んで歩けないのだ)
 駐車場は北門だった?途中、西門・南門を出て、外側から堀越しに石垣を眺める。

 


 南門を出ると、前方100M辺りで踏切があり左にまがれそう。行ってみた。行き止まりだった。あへ〜…かなり歩き疲れているわたし達だった。
 と?「あ!あそこや〜。ガイドブックの撮影ポイント!!」
 「あそこへ、行きたいの?だったら、お城の中を通って行けるよ」…山形弁で教えてくれたおばちゃんの言葉に元気を奮い起こして南門へもどり、石垣散歩道を歩いた。生の山形弁に触れて、心もウキウキ♪。デジカメでの撮影にも力が入る?私。
  
(道草ばかりの私に業を煮やしたか?)ふと気づくと、遠くで旦那がいじけて?しゃがみこんでいた。
…実は、撮影ポイント(たんぽぽ)をみつけて環境設定をしていたらしい…
 ようやく、念願の復元された東門?にたどりついた。
 
 おなかすいたよ〜。時計は、12時をまわっていた。 2002年06月04日 12時08分41秒
山寺…地獄?極楽?
奥の細みちで有名なお寺。

ほんとに、芭蕉も登ったのぉ〜(◎O◎)!!
まぁ・・昔は、『歩き』が当たり前の世だったから、足腰は鍛えられてたと思うけど…。

かつて、金毘羅さんも登った。那智の滝のお寺への山道も登った(車用の迂回理を無視して)。日光東照宮の奥の院〜家康の墓所への階段も登った。・・・が!

ε=(ー。ー)ふー! 三回死んだ。

登り口で、売り子さんに「売店はここだけですよ」と騙されて?旦那はビール・私は命の水(ただの水入りペットボトル)を買って、デジカメもって、汗拭きタオルを握り締めて…。
肥満の身体に鞭打って?
・ビールが重くなり、旦那にもたせた。
・デジカメの被写体はいっぱい。でも撮影ゆとりはない。デジカメが重くなり、旦那にもたせた。
・お財布いりのショルダーバッグが、負担になり、旦那にもたせた。

身一つ、命の水と汗拭きだけは必需品で、なんとか重い上半身を必死に下半身が支えて、運びあげた。(旦那は自分のペースで、先にいったり、私の様子を見にもどってきたり、いっぱい撮影していたもよう)
風景や、私がへたってる写真は、『むこう・・・』にアップしたから、ここでは省こう。

さぁ。帰り道は、元気100倍?登りで目を付けていた撮影スポットを撮りまくって下山した。
↓、地獄?で慰めてくれた草花たちです。

 
 


2002年06月23日 10時21分15秒

最上川舟下り
 東北ドライブのたびにワイワイ言いながら、ガイドマップ観光で素通りしていた『最上川』。私にとっては、今回の超目玉観光だ。ガイドマップに首を突っ込むようにしてどこが良いか(名所として四ヵ所)案ねりを重ねてきた。

 最上流:カヌーやゴムボートでの(インストラクターが付くの?)急流下り。
 中流【三難所下り】:船頭さんと名物ガイド付き=民謡付きの船で、岩だらけの難所を縫うようにして下る。
 奥の細道・紅葉ライン:人気が高いらしく、最上川峡谷観光(食事も可)。峡谷と言っても、そこはかなり川幅が広くゆったりとした流れで山肌の滝などいろんな名勝地を廻るらしい。
 さらに下流:お祭りで、市民が手作りイカダでイベントをするところ。

 民謡大好き、生の唄(地元の人が歌う)を聞きたい私だ。めざすは中流【三難所下り】。
 最近の雨・雪どけ水で水位がかなり上がっているとかで、(ここが中流?)と疑うほど広々とした川にしかみえない。待つこと45分、いよいよ船に乗り込む。船底に敷かれたゴザの上にじかに座る。屋形船になっているから水に濡れる心配はない。
 船が動き出してさっそく名物ガイドの生の山形弁が始まった。TV番組でも方言を耳にすることが多い昨今、違和感はなく親しみ深くいっしょうけんめい聴く。共通語で話すようにされていたから、半分くらいは前後の判断で理解できた。そして待ちかねていた民謡。
 大好きな大好きな『最上川舟唄』…地元で、その船上で、地元の歌手ではない人の生唄で。最高に感激!!!
 続いて『真室川音頭』地元の伝承歌詞が披露された。誰も知らない歌詞。子宝〜嫁姑にからんだ歌詞だった。メモできなかった…残念。旦那が録音に失敗した。がっくり…。

さて、難所も味あわずのんびり下って終わりか?と思いきや、ところどころ不自然に水面が波立つ場所を数カ所通り過ぎた。船頭は巧みに舵を取り波のない場所を選んで舟の向きを右岸へ左岸へ真中へ…と操る。そこが、岩だらけの場所なのだそうだ。急に流れが速くなっているところもあった。岩だらけの難所が見えていたら、スリルいっぱいだったろうと想像した。

約1時間前後の三難所下りは蕎麦街道の七番目の蕎麦やさんを終点に終わった。  2002年07月12日 11時51分36秒

こけし作り
 と、言っても『絵つけ体験』でした。

私のイメージの中で、山形=こけし=鳴子。
行ってみて、地図をみてびっくり。秋田と山形と宮城の県境の山奥のような感じ…。温泉も有名。しかも鳴子は、宮城県。
距離は?・・・何と、山形まで来てるから、守備範囲。旦那の了解(無理やりその気にさせて?)を得て、さらにドライブ距離を伸ばす。

絵つけして、乾かして、職人さんに蝋づけして仕上げてもらう…約1時間くらいかな?
 可笑しかったのは、乾きが足りないのは、職人さんがドライヤーで乾かしてくれたこと。
 感心したのは、職人さんの蝋づけ技術。機械にはめたこけしの回転にあわせて、蝋を平均に付けて、布や素手でみがきあげる。手が荒れない?まさつで火傷しない?

絵つけは、絵に自信のない私が、見本は無視して顔作りに集中。私よりは絵心のある旦那が、見本の伝統的図柄の模倣に集中。二つを足して2で割ると、すばらしい?できだったかも。
2002年08月14日 15時08分15秒

宿泊と立寄りの湯(温泉)
 私たちのドライブは、費用節約?のため、旅館泊は1泊で、なるべくは観光目的地の駐車場車中泊の計画である。
 旅館は、ビジネスホテル。ツインで一万円、食事つけて二人で2万以内を目指す。なにせGWだから、最高に特別料金が当たり前の時期で、そして、予約なしだから探すのが大変!!

 今回は、夜中走って未明に喜多方の道の駅で仮眠。早朝目覚めると、そこは、立寄りの温泉施設がある場所だった。時間的には、入浴は無理。またの機会?にとっておく。

 2日目は、最上川からやや戻って天童。天童温泉は、昨年来たので、同じビジネスホテルに行ってみる。が、今年は残念。満室だった。
 諦めて山寺の駐車場へ向かう。旦那は、温泉(お風呂)に入りたくて諦め切れないようすで、やおらノートパソコンを開いた。ネットで調べて、市街からはずれた山寺への道筋に近い所にみつけた。安い!!空き室があった。時間的に夕食は無理かと思ったが、たまたま合宿生を受け入れていたので、そのメニューで用意してもらえた。
 温泉の大浴場付き・コインランドリ―付き…アットホームで、ビジネスホテルと言うより、温泉民宿がちょっと大きい感じの旅館・合宿所という雰囲気だった。ラッキーだった。天童で泊まるなら、あそこが良いな。

 3日目、午後から雨模様。鳴子温泉で、ちょうど夕方になるので、心づもりしたが。入浴だけOKの時間帯が終わり、どこも宿泊客を受け入れる時間になっていた。立寄りの湯もあるらしいが、場所がわからずじまいで、鬼首温泉へ向かう。
 山奥という感じで、そこはオートキャンプ場になっていた。ラッキー♪トイレの心配をしなくてよいな。麓のコンビニで夜食もゲット。
 温泉は、硫黄がかすかに匂う。とっても肌にあう感じのお湯だった。夜半になりかなりの大雨になった。テントをはっている人たちは、大丈夫なんだろうか。
 4日目の早朝、目覚めるとそこは『アルプスのハイジ』的爽やかさだった。
2002年08月30日 10時54分42秒

NHK朝のテレビ小説『おしん』めぐり
 たんぽぽチャットで知り合った人との会話で紹介された『銀山温泉』【今、北国新聞の連載小説の舞台となっている】
 行ってみて、気がついた。
 そこは、大正浪漫あふれる『おしんの里』だった。


 鉱山跡で、ずいぶん賑わったであろう、温泉。ゆかしい旅館の建築美がドラマのワンシーンを彷彿とさせる。
 鉱山跡の遊歩道をゆっくり散策し、その空気穴から吹き出してくる自然のクーラーとも言うべくヒンヤリした風を受けてみたり…。
 幼いおしんがくちべらしのために家族と別れ奉公に出て行くロケの川沿い。
 正午の頃、その辺りは観光客であふれ、古い旅館の入浴は満員のため断られてしまった。
 でも、遊歩道散策で汗ばんだ身体を温泉で休めたくて、入口付近の新しい旅館での入浴となった。人が少なく、ゆったりと、やさしいお湯を堪能できたのは、怪我の巧妙か?




 いよいよ、帰宅ルートドライブのときがきた。≪おしん≫を追いかけるように、酒田周り日本海沿いを南下することにする。
 酒田市…いつだったか、大火になったニュースも記憶にある町だが…。北前船の港町。三居倉庫群・日本一の長者屋敷・公園を駆け足で寄り道…。




(もう1日余裕があればなぁ。でも、ゆとりを持って帰らないと…連休明けの仕事が辛くなるし…若い時は、ぎりぎり帰っても平気だったのだが…。)
 走って走って…、新潟に入った頃から日の暮れが早くなる。
 『ささかわの流れ』という看板を見つけた旦那、「よくきくけどなんだ?いってみよう」ということで、周り道。行き付いた頃ちょうど日没。旅を締めくくるシャッターチャンスとなった。




 帰り道、また、迷子になり、夕食場所もみつからず?夜中になり…。翌朝ホテルに忘れものをして、引きかえしたり…で、珍道中は、続いたのだった。
 【完】 2002年11月02日 11時26分08秒